研究道具箱 カードと研究
研究概要
大きく複雑な物体の形を精密に測る
どんな技術?
物体の形を、縦・横・高さの3次元で正確に測る技術です。私は特に、鎌倉、奈良、飛鳥といった日本の大仏やカンボジアのバイヨン寺院やアンコール遺跡群、エジプトで発掘されたクフ王の「太陽の船」など、大きな文化財を、1ミリメートルほどの高精度で計測しています。また得られた3次元データから特徴を比較して作者を特定したり、数年ごとに計測を重ねて壁画の劣化を調べて修復計画に役立てたり、木材などの材料の特性や全体の形を考慮して数千年前の姿をデジタル空間上に復原したりしています。
大きな物体の高精度な計測には「LiDAR」が活躍します。LiDARとは、レーザー光を対象にあて、その反射光をキャッチして対象物までの距離、形状を測る技術です。入り組んだ構造物の形を把握するには、複数地点での計測が必要です。一般的には三脚に重いLiDARを乗せ、撮影して移動を繰り返しますが、私は、ロボットやドローンに複数のセンサーを積んで計測を行い、移動中に撮影した動画データを統合して、3次元構築しています。また、最適な撮影コースを人工知能に計算させる研究も進めています。
難しいのは、異種センサーをうまく連携させること。加速度センサーやジャイロセンサーなどを含む「慣性計測ユニット」やGPSを、LiDARやカメラに組み合わせますが、これらの座標軸が時間的にも空間的にも合っていないと、得られたデータがかみ合いません。日進月歩のセンサーたちを最適に連動させるべく、機械学習を使って調整作業の自動化に取り組んでいます。
将来どうなる?
計測もデータ解析も、速度と精度が上がっています。今はまだ、専門家が経験に頼って進めているデータの作業も、やがて自動化されるでしょう。街並みなど広い範囲を計測すると同時に解析し、仮想空間にリアルタイムで描き出せる未来がやってきます。そうなれば、シミュレーション技術で少し先を予測して、私たちに事故や災害を警告してくれるしくみも生まれるはず。リアルタイムの3次元計測とシミュレーションが、安全な社会をもたらすのです。
文化財の楽しみ方も変わるでしょう。データが蓄積すれば、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の技術を使って、文化財の内部や時間変化など、これまでにない体験ができるようになります。また現地に行けない人たちでも、とりまく環境を含めて、よりリアルに観光を楽しめるようになると期待されます。
研究者にとっても、さまざまな文化財の3次元計測データを自由に使えるようになると、新しい世界が開けます。文化財研究は、考古学や建築学、情報学など、多様な分野の研究者が協力して進める分野です。発掘の専門家、建築の専門家、木材や石材の専門家など、それぞれが頭を絞り、何を知ることに歴史的な価値があるのか、実現にはどの技術が最適かを考えます。データの共有によって、幅広い分野の専門家が参入し、文化財研究がさらに豊かに花開くでしょう。