研究道具箱 カードと研究
研究概要
性質を保ったまま、「生もの」を長期保存
どんな技術?
小さいものはたんぱく質から、大きなものは肺や心臓などの臓器あるいは食品まで、「生もの」を長期間保存する技術です。高品位というのは、性質を保ったまま、という意味。食品であれば味や栄養や歯ごたえ、臓器であれば機能、検査用の血液や医療用のたんぱく質であれば構造や酵素活性を失うことなく、保存する方法を開発しています。
カギになるのは、生ものに含まれる水分子のふるまい。生体が劣化する速さは、水分子が動き回るスピードに関係しています。水の動きを極限まで遅くするために、「温度を下げる」と「乾燥させる」という2つのアプローチで挑んでいます。
生体を液体窒素などで-200度近くに冷やせば、水分子はほとんど動かなくなります。しかし、生体の6割を占める水が氷になると体積が膨張して細胞は破裂してしまいます。これを防ぐために、医療用の場合は、不凍剤を添加します。グリセリンなどの不凍剤は細胞膜を通って水と入れ替わります。低温でも体積がほぼ変化しないため、細胞の破裂を防ぎつつ、劣化を止められます。
一方、食べ物の場合は、塩や砂糖に漬けたり、乾燥させたりして保存します。昔からの知恵でもありますが、実はこれも、塩や砂糖が水分子を捉え、動きを妨げているのです。
将来はどうなる?
現在は低温保存が主流ですが、乾燥させて常温で保存する技術を目指しています。
ワクチンなど、mRNAやたんぱく質を含むバイオ薬剤を超低温で保存するために、大きなエネルギーが使われています。錠剤の形で常温で保存できれば、省エネになり、輸送時の扱いも楽になります。また、健康診断も簡単になるでしょう。自分で毎日1、2滴の血液を採り、それを乾燥して検査機関に送れば、頻繁に病院に行かなくても健康状態をチェックできりようになります。
他にも、養殖魚や家畜の卵を常温で保存できれば、食糧の安定供給につながるでしょうし、捨てられる食品を保存できれば、家畜用の飼料を安く調達できるかもしれません。人間の身体情報を物質として保管したり、貨物の水分量を減らして輸送費を下げたりと、さまざまな分野で力を発揮することが期待されています。
乾燥保存を実現するには、生体分子の周りから水を引き剝がし、動かなくする添加物の開発が重要です。しかし、保存する対象や目的によって状況が異なるため、万能な保存方法や添加物は見つからない、と考えています。例えば、対象によって含有水分量も違いますし、多くの生体分子は形と性質を保つために、ある程度の水が必要ですが、どこまで水を取り除くと性質を保てなくなるのかは、分子ごとに異なるのです。そこで、水のふるまい自体を理解する必要があると考え、正確に測定し、シミュレーションする手法も追求しています。