研究道具箱 カードと研究
研究概要
傷も疲労も自然に治るプラスチック
どんな技術?
自己修復プラスチックとは、切り傷が入ったり千切れたりしても、しばらく置いておくだけで傷が消えるプラスチックのこと。私たちは特に、ゴムを対象に研究を進めています。
一般的な天然ゴムは、ひも状の長い分子(ポリマー)が大量に絡まりあってできています。引っ張ると、絡まったポリマーがまっすぐになることで全体が伸びます。しかし引っ張りすぎると、ゴムの内部で分子内や分子間の結合が切れ、元に戻らなくなります。そこで私たちは、分子間の結合を、結合と切断を行き来できる弱い化学結合(「動的共有結合」や、水素結合のような「分子間相互作用」)に置き換えてみました。すると、結合は切れやすくなったものの、切れた結合が復活するようになりました。さらに、結合の復活は、ゴムが完全に切断された場合でも起こり、数分で切り口がつながる現象が観察されました。自己修復ポリマーの誕生です。
動的共有結合として、例えばボロン酸エステルを使っています。エステルは、カルボン酸(-COOH)とアルコール(-OH)から水(H2O)が抜けてできる結合ですが、ボロン酸エステルの分子自体が水をはじくため、結合が切れても容易に復活するのです。
将来はどうなる?
現在、材料の「疲労回復」への応用が進んでいます。材料は衝撃を受けると、目に見える傷は生じなくとも内部で化学結合が切れて強度が下がります。この、材料の「疲労」の回復に、自動的に結合が復活するしくみが使えます。実用化されれば、自動車のバンパーなど、定期的に取り換えていた部品が長持ちするようになるでしょう。
プラスチックの応用先も広がるはずです。プラスチックが、さらによく伸び、長寿命で、強くなれば、必要な機能をもっと少量で果たすことができます。材料を減らせるだけでなく、超小型の機械(マイクロメカトロニクス)や柔らかい材料を使ったロボット(ソフトロボット)など、プラスチックが活躍する分野がひらけます。
実用化の鍵は、合成方法とコストです。ポリエチレンやポリ塩化ビニルなど、身の周りの「汎用プラスチック」は歴史が古く、製造過程が洗練されており、大規模に低コストで作られています。自己修復プラスチックは化学的な構造そのものが異なるため、既存の材料に置き換わる必要があります。工場が備えている汎用プラスチックの大規模な製造過程をなるべくそのまま使い、置き換えの負担を下げる。開発には、ポリマーの理想的な分子構造だけでなく、その合成過程にも配慮することが求められます。