研究道具箱 カードと研究
研究概要
勘や経験に頼らず、AIで物質を開発
どんな技術?
以前は、物質の開発は「勘」と「経験」が頼りの分野でした。元素と構造の無限の組み合わせの中から、過去の材料を参考に研究者が「それらしい」候補を選び、試行錯誤しながら合成して検証することで、少しずつ性能を高めてきました。その過程はとても地道で、偶然に桁違いの性能を示す材料が見つかることもありましたが、厳しく多様になる社会のニーズに追いつくことは難しい状況でした。
そこで、人工知能(AI)を物質科学と組み合わせた「マテリアル・インフォマティクス」を使い、望む性能を持つ物質を効率的に探し出そうとしています。
数年前、アルファ碁というAIが、人間の囲碁チャンピオンに勝利して話題になりました。アルファ碁は、「ディープラーニング」の技術に支えられています。人間の囲碁のプロがさした棋譜を学び、さらに自分どうしで対戦を繰り返して、勝利しやすい盤面を覚えていく仕組みです。
このディープラーニングを物質開発に応用したところ、大きな威力を発揮しました。例えば、性能の良い有機EL(エレクトロルミネッセンス)分子の組成と構造を学ばせた後、160万個の候補分子をAIに検索させたところ、10個の候補分子を選び出しました。これらを実際に合成したところ、既存のものよりも高い性能を示す分子が含まれていたのです。人間の労力も、開発に要する時間も、大幅に削減することができました。他にも、AIに膨大な数の学術論文を読ませ、熱を電気に変換する新しい材料を発見したという例も報告されています。
将来はどうなる?
10年後、20年後には、想像を超えるニーズが出てくるはずです。たとえば、半導体を冷やすシステムを、地上だけでなく宇宙空間や深海で使う必要が出てくるかもしれません。このニーズに、物質開発が見事にこたえているはずです。AIが、求める性能を持つ物質の元素や結晶構造、合成過程を提案し、ロボットが自動で材料を合成して性能を評価する仕組みが整い、加速度的に新しい材料が生まれているでしょう。
物質設計の効率をさらに上げるには、機能と構造の本質的な関係を明らかにする必要があります。ここでも、ディープラーニングは活躍します。簡単な実験で得られる観測データから、何の関わりもないと思われてきた構造や機能の情報を引き出すことができたのです。構造と機能の対応を正確にAIに学ばせるには、大規模な学習データが必要です。将来の物質開発は、SPring-8(大型放射光施設)などの大規模な施設で網羅的に分子の構造と機能の対応データを取り、「富岳」などのスーパーコンピューターで解析するような分野になるかもしれません。